CG長編アニメ企画「LOBO」原作映画化権購入について

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合同会社Ichigo Ichie Films LLCはクリス・カーツ原作のアメリカ児童文学「THE PUP WHO CRIED WOLF」の映画化権取得に関する契約に合意、署名致しました。契約交渉はカーツ氏のエージェントBarry Goldblatt Literary LLCの代理、ハリウッドエージェントファームThe Gotham Groupとの間で行なわれました。

ファミリージャンルのCG長編アニメとして企画開発を行なって参ります。是非ご期待ください。

あらずじ:

NYに住むチワワのロボは大きな夢を持っていたーいつの日かオオカミの群れに加わるという。ある日飼い主のモナの休暇でイエローストーン国立公園に行くこととなる。ロボはオオカミの兄弟達と会う絶好の機会だと思い、旅を共にしたモナのペットのマウスのヘクター、スペイン語を話すオウムのグローリーと共にイエローストーンの野生の荒野にやって来る。はたして体重2キロの都会の小型犬ロボは夢であるオオカミの群れに加わることができるのか?

関連リンク

ANIME NEWS NETWORKS報道

ANIMENATION NEWS報道

ANIMATI報道(オランダ語)

著者クリス・カーツ公式サイト

Amazon.co.jp

 

経済産業省が電通に丸投げ3500万円:映画、アニメ中国共同製作、ロケ誘致後方支援事業

今月12日に韓国の文化体育観光部が中国国営の中国电影集团公司と年内に共同製作協定締結すると発表した。

中国は公開する外国映画の数を制限しているため、共同製作認定により韓国映画プロダクションは中国映画のステータスを得るで国内映画の扱いで劇場公開にアクセスできるものである。

さらに互いの国で撮影する時に優遇を受けるだけに留まらず、需要が増しているVFX受注、俳優、クルーを含む映画に関わる様々な人員が国際プロジェクトに携われる機会を増やす協定になるという。

また今月インドも中国との国際共同製作協定締結に向けた政府級のワーキンググループを組織した。

一方日本はどうなのか? 経済産業省が電通に丸投げ3500万円:映画、アニメ中国共同製作、ロケ誘致後方支援事業 の続きを読む

官製映画会社ALL NIPPON ENTERTAINMENT WORKSの検証:産業革新機構を使ったクールジャパン映画事業の腐敗と天下り

グローバルモデルによるイノベーションにより ニッポンのエンタテインメントが生まれ変わる(anew)ために

グローバルを知らないグローバルモデルによる自称イノベーションによりニッポンのエンタテイメントを蔑ろにする利権者と天下りを生む(amakudari)ために

もし株式会社を潰しても経営者や100%の親会社が一切損をしない会社があったら?

もし投資ファンドが顧客の金で何ら採算性のない会社を起業し、自らがその会社の経営者となり高額報酬を得ながらその財産を消滅させても、その身分が保証され、その責任、賠償さえ問われず許されるとしたら?

もし皆さんにこの会社の損失を負担してもらいますと言われたら?そして皆さんに拒否する権限がなく、強制的に皆さんと皆さんの子供に借金を負わせていたら?

もしそれを私達の政府が「未来の国富の為」「グローバル人材育成の為」「全ては国家、国民の未来の為」と行なっていたら?

皆さんならどうしますか?

「クールジャパン」「日本の潜在能力」「IP」「グローバル」「リスクマネー」このような言葉がまるで流行語かのように政治家の口をつき、連日メディアを賑わすようになってきたと気づいた人も多いと思います。クールジャパン戦略大臣なるポストも作られ、つい先日も通称株式会社クールジャパン法案が成立し、500億円の官製会社の設立が決まりました

このクールジャパンは今に始まったことではありません。映画の分野では2010年に全く同じ流行語が叫ばれていました。既に日本とアメリカにオフィスを構える政府出資60億円の投入が決まった官製株式会社まで設立され、それが約1年半8ヶ月運営されています。

この官製株式会社は、全く映画製作を知らない親会社の官製ファンド役員が設計し、設立後HPにも公表しない形で自らが経営者および社外取締役に。さらに法律で毎年事業評価することが定められている所管の経済産業省官僚が出向するという正に絵に描いたような天下り構造でこの会社を推進。 肝心の事業も、不採算性による経営破綻が目に見えていても経営者達が一切損をせず、その損失を国民は補填する仕組みになっています。

これまで公表されてきた資料、政府議事録を検証すると、事業開始後、本来掲げていた役割すら果たしていません。 一方、政府会議では約1年間に渡り経済産業省の幹部がでたらめの答弁を繰り返し、それを聞いた政治家、有識者委員が「いいね!」と承認しています。 「海外、ハリウッドといえば国民にはわからないだろう」とばかりに、映画産業が抱える海外展開の問題の本質を歪曲し、自らの利権に投資を沈める口実にする。この国には「クールジャパン」の言葉の裏にある腐敗がすでに存在しています。

そうした国の発展に寄与しない事業が検証もされないまま、次のクールジャパン株式会社へ進もうとする日本。

これから検証する株式会社ALL NIPPON ENTERTAINMENT WORKSは決して映画産業だけに限らない、国民を顧みない日本国家の構造腐敗にあると思います。国家がこの腐敗を放置するならば、最後は国民の監視に委ねられると思います。

少々長いですが下記の検証をお読み頂き、世論の力でこうした無駄をなくすきっかけにご協力頂ければ幸いです。

All Nippon Entertainment Doesn’t Work(s)

クールジャパン!これまで日本が保有する素晴らしいコンテンツが失敗してきたグローバル展開の大きな壁、それを乗り越えハリウッドで大儲けするイノベーション!そして莫大な利益を国内に還流させ次世代の国富を築く!

2011年10月、ほぼ公的資金で設立された官製ファンド株式会社産業革新機構*1が100%の60億円出資を発表し、グローバル展開を目指す映画企画開発への投資目的に設立されたのが株式会社All Nippon Entertainment Works*2である。

*1:「株主概要」 『株式会社産業革新機構』
http://www.incj.co.jp/about/shareholders.html

*2:「事業内容」 『株式会社All Nippon Entertainment Works』
http://www.an-ew.com/ja/aboutus/business-innovation/

東京とロサンゼルスにオフィスを設け、ハリウッドのコア中のコアのというアメリカ人CEOを招聘し、CEOのネットワーク、ノウハウ、日本の立場に立った交渉ができるという過去類をみない革新的グローバルモデルで日本のエンタテイメントに明るい未来を創りだす。

全てはニッポンのイノベーションのために…

我が国の政府と国家戦略の頭脳は冗談が過ぎる。

おそらく日本以外の国でこのような話があがれば、協議されることなく会議室でその企画書を破かれ終わるほどの低次元な国家未来設計である。しかし日本ではこれが公的資金60億円を投入する国家のトップ戦略になる。しかもこの60億円は国民への報告義務すら負わない仕組みのもと運用される。

伝えたい物語の脚本を作り、監督やキャスト候補を添付し、映画資金を集め、時にセールスエージェントや配給を確保し、撮影へのグリーンライトを得る。プロデューサーにとって一番の苦労が強いられるビジネスになるかならないかの映画製作プロセスが企画開発である。

しかし『映画国際展開向け企画開発支援します』と『映画国際展開向け企画開発を株式会社を国が設立、経営していきます』はその意味合いが大きく異なる。

経済産業省と株式会社産業革新機構の関係

では一体誰がこの会社を作り、経営しているのか?そして企業損失を実質株主である国民が補填させ、破綻した事業を経営することで公的資金から高額報酬を受け取っているのか?

ここにこの会社の登記簿履歴(PDF)の写しある。この会社の経営者と経済産業省ー産業革新機構ー株式会社ALL NIPPON ENTERTAINMENT WORKSの繋がりを見れば、日本のエンタテイメントを再生させる『ニッポンのグローバルモデル』のからくりの真相が見えてくる。

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文化庁長官宛、映画国際共同製作支援への陳情書 平成23年6月17日送付

一年前に送付した平成23年6月17日付け国際共同製作支援制度への陳情書の全文

文化庁長官  近藤誠一殿:

私は、以前長官の4月12日震災後のメッセージを拝見致しまして、日本で撮影している映画企画についてファックスをさせて頂いた経緯があります合同会社Ichigo Ichie Films LLCの増田と申します。この度、大変不しつけで大変ご迷惑とは存じておりますが、6月16日に御庁が発表された国際共同製作制度について施策の公示を拝見致しまして、国際共同製作映画製作の従事者の観点から問題提起をさせて頂き、この施策が未来にわたり展望し、日本の文化発信にとって必要な共同製作を誘致し、経済的および文化的公益に繋がればと思いご連絡させていただきました。

まず、本日御庁のメディア映像振興係にお電話、および市民の声の窓口へメールさせてもいただきましたが、今回の施策につきましては、過去この部分に支援のない日本の現状、資金調達の選択肢をはじめ撮影環境までが誘致を謳う諸外国と比べ整備が整っていない日本、諸外国が結んでいる映画製作協定がない日本の現状を前進させる画期的なものと感じております。また、現在中国、韓国の映像振興院などアジア諸国が共同製作についての政策を打ち出し、連日海外メディア報道を賑わす中、日本との共同製作の指針が世界に発信されるものだと期待しておりました。

しかし、今回応募概要を拝見致しました所、国際共同製作支援の該当企画が、現実的な映画製作意思決定の過程と照らし合わせてみますと、とても非現実的で、公益目標の妨げになっていると感じてなりません。また先日の上海国際映画祭では、アメリカ映画協会(MPAA)の会長が中国入りし、共同製作の在り方に言及したとの報道が海外メディアを賑わせています。また韓国映像振興院のメディア報道などされ、東アジアにおいての共同製作の国際競争力の観点からも、著しく日本は遅れをとっております、

詳細の問題点としては以下の通りです。

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私論「海外映画ロケ誘致計画書」

目次:

  1. 誘致の目的の明確化:なぜ国策としての誘致なのか?
  2. 日本のロケ誘致に関する己の問題点を知ることから始める:なぜ日本に来ないか?
  3. 日本の誘致の可能性: 日本の取り組むべき施策を考える。

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東京における映画ロケーション行政の10年間と現状

昨年から携わってきた日本を題材にしたアメリカ映画がある。脚本、プロット、製作費の調達などあらゆる面からプロデューサーと脚本も兼任している監督と話し合って来た。

例えば、日本で資金を集めるとなるとなれば、日本の出資者の方のため、より日本マーケットからの利益を追求する立場をとらなければならない。仮に私が日本側の立場に立てば、その利益の為に交渉するのが私の立場になる。当然、相違や議論も生じる。以前、日本の描写や日本マーケットのため監督自身のプロットに意見したこともあった。ただ、立場は違えど、行く行くは「作品」同じ目標をシェアするのであれば、議論も有意義なものでかつ、決して対立したものではなかった。

日本資本が難しい見解の中、今年に入り進展があった。製作費の100%を外国資本で撮影にはいると言うものだった。そして今度はこの資本に忠誠であるために最善の方法を模索するために、引き続き日本での撮影の準備に入ることとなった。

その折、3月11日に地震と原発問題が発生。地震当日、監督、プロデューサー両名からメールが届いた。

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映画と著作権:「その映画は本当にあなたのものですか?」

「その映画は本当にあなたのものですか?」「証拠は?」

自分で創ったものが無断使用され、しかもその違反者は明らかに自分の物でないものを知りながら、自分の権利を主張されたらどうすればいいのか?

著作権法は国際規模で認められるが、いかがわしい法律解釈を利用しモラルに反した違法使用が法的に認められてしまう現状も存在する。

これはちょっとした個人体験で痛感した。

前回映画を製作した際、アメリカ人のクルーを雇った。彼は契約書を交わし、全ての報酬を支払った。ある日、映画公開の8ヶ月前、インターネットの動画投稿サイトにあきらかに映画撮影時の原盤映像が使用された複製物があるのを発見した。これは撮影中、もしくはその後に映像を持ち出し複製された動かぬ証拠でもあった。

この事件の数週間前には彼のパートナーでもある監督が同様の違反を犯したのをうけ、クルー全体に「いいだろうではなく、プロダクションの許可を必ず伺う様にして欲しい。できるだけプロダクションはあなたのキャリアのために協力はするから」と注意勧告をだしたばかりのできごとでもあった。

動画投稿サイトはすぐに著作権違反通告に応じ動画を削除したが、そのクルーは「日本から法的措置ができないだろう」とばかりに違反通告を無視し、動画使用を続けた。さらに、第三者へその違法映像を提供し、その第三者も現在まで違法動画と知りながら使用を続けてる。

第三者に電話抗議をした後おどろくべきことを聞かされる。「その映画は本当にあなたのものか?」「アメリカ著作権局の登録書はあるのか?」こちらはあるだけの証明をおくったが、すべて無視された。では「あなたのウェブサイトのコンテンツの著作権がクリアされた証明は出せるのか?」と聞くと、「著作権法では証明されるまでこの映像は使用し続けてもいいことになる」

なんとその後映像を盗んだ本人からも電話があり、同様のことを聞いた。「俺は何も盗んでいない」「これはお前の映画か?」「私には法的な権利があり使用している」。本人はもちろん盗んだことを知っているのにも関わらず権利を争う姿勢を見せた時にはとうに憤慨を通り越していた。

今回の事件は実際にプロダクションにも実害も生じる危険がある。例えば、俳優の出演許諾は映画および映画のプロモーションにのみ許諾されている。一見勘違いされがちだが、俳優は自らのイメージ、すなわち肖像権を常に所有しており、プロダクションはその肖像の使用を許諾されているだけで、肖像権そのものを所有しているわけではない。映画関係以外、すなわち許諾事項以外にむやみやたらに自らをイメージを使用された場合、それは俳優の権利の侵害にあたり、もし俳優がクレームを申し上げた場合、プロダクションはその責任を追及される立場にある。俳優の正当な肖像権を守る上でも、許諾なしで映像を盗み、無断使用したことは決して許されるべき問題ではない。

厳密には著作権法において、映画を製作した際、その著作権の保持には登録申請は必要ではない。著作権は映像を創った時点で自動的に製作者に帰属する。ただ、登録をしなくては公的に証明するには至らないと解釈する者もでてくる。

例え、それが商業的に発売され、世の中のだれもがその著作権の存在を認識していても、法的の証明となると「抜け穴」が存在する。言い換えれば、著作権違反者は「自分が著作権が有し法的権利で使用している」と証明せずとも、「著作権のその所在を明確に示されるまで」権利の所在をとぼけ「無実違反」(Innocent Infringement)として使用を許してしまう。例え、それが盗まれた映像でも同じである。

世の中には著作権法の解釈を駆使し、人の制作物を無断使用し続ける輩が存在している。それが、異国での問題ともなると、その訴訟の困難から泣き寝入りをしなければならない状態になるかもしれない。

そこで、少々馬鹿げているが結論は「それが本当に自分の物だ。違法使用をやめろ」と証明するためには、やはり著作登録が必要になる。

日本の文化庁にもあるが手続きが困難である。しかし、アメリカの著作権局では比較的安価で簡単にオンライン登録を行なうことができる。

オンライン登録では35ドルで、オンライン登録、また著作物素材もオンラインで著作権局へ送ることができる。手続き終了後、そして数日後その証明書が自宅に送られてくる。この手続きを行なっておけば、名実共にその作品が自分の著作物として法的に主張することができる。

これは例えば自分が脚本を書いた場合で第三者へ見せる前にも送っておくと、その後万一トラブルに陥っても法的に証明することができる。

映画の場合はフォームに沿ってオンライン登録し、その後インターネットを通して映像を送るか、もしくはDVDを送れば登録が完了する。

もし、自分の著作物がインターネット上に無断使用されていることを発見し、そのサイトを止めたい場合、サーバーがアメリカに存在する場合はデジタルミレニアム著作権法(DMCA)に基づき、サーバーに直接サイト停止のクレームを付けることができる。これはGoogleにもサンプルがあるのでみてもらいたい。 (*注:これはグーグルがサーバーの場合のサンプルであり、サーバーが他社の保有の場合は別の場所へクレームをつける必要がある。ただ、もしクレーム側が虚偽の申告をしてサーバーが停止した場合には、多額の損害賠償が請求された判例もあるので確実に自分のものである証明がある時のみ行なうのが適正)

著作権は決して安易な問題ではない。先日、ハリウッドレポーターでエクスペンダブルズのプロデューサーがUS Copyright Groupに依頼し、違法ダウンロードの一斉訴追を行なったと報道された。これは、違法業者だけでなく、違法と知りつつダウンロードを行なったものも犯罪に問われる。今回の訴追にはダウンロードを行なった個人も特定し、連邦裁判所へ訴えたもので、違反者は750ドルから3万ドルの罰金が科せられるとみられる。

これから映画のデジタル化はさらに加速する。ビデオオンデマンドやオンライン配信が、いまに映画を消費者に伝える主要ディストリビューション方法となってくる。言い換えれば観る側のモラルだけでなく、著作権法の意識がより一層必要になる社会でもある。

著作者の権利に尊重を持って映画やコンテンツを楽しむ様に願いたい。

日本行政の映画共同製作誘致政策

日本の製作する映画の多くは、主に国内マーケット向け映画に向けられ製作されている。しかし、近年UNI JAPANやジャパンフィルムコミッションなど関連法人も新設され、政府や関連行政省庁などで、日本のコンテンツを海外へ売るため、また国内で海外プロダクションの撮影誘致、諸外国との共同製作誘致の政策を目にする様になった。

しかし、一方でこういった政策がここ数年行なわれているにも関わらず、じっさいに誘致された共同プロダクションの話は聞こえてこない。私自身、現在2つの共同製作企画に携わって他にも、日本での撮影を望んでいるハリウッドプロダクションが少なくとも3つ存在していることを認識している。(もちろん撮影に至っていないのはロケーションの問題だけではないが)

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ホテルチェルシー:イーリーホラー映画祭にて上映

映画ホテルチェルシーが10月7日から10日にペンシルバニア州のパラマウントシアターで行われるイーリーホラー映画祭に上映されることになりました。映画祭の特別ゲストにはアメリカインディ映画で大成功を収めた「クラークス」とハリウッドによるその続編「クラークス2」の主演ブライアン・オハロランさんが登場するとのこと。

ブライアンさんとは以前同じくペンシルバニアで撮影した映画「Brutal Massacre: A Comedy」というホラー映画制作の舞台裏を描いたコメディ映画で共演した。その後のニューヨークでのプレミア時でも再会した。ブライアンさんはとても気さくで、共演者だれとでもフレンドリーだった。

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松井久子監督 映画「レオニー」鑑賞:レオニー・ギルモアに見る映画の中のフェミニズム

(c) Leonie Partners LLC 2010

本日、角川映画試写室にて松井久子監督「レオニー」を鑑賞する。20世紀初頭、遠い異国の地「日本」で女を生きたアメリカ人女性で彫刻家イサムノグチの母「レオニー・ギルモア」の半生を描いた作品である。

観賞後様々なことが感情に残る中、映画が伝えるテーマとして残った言葉は「女性」であった。それは同時に主人公レオニーを通して強いフェミニズムを感じた。

女性プロタゴニスト映画のフェミニズムはしばしば女性平等あるいは反男尊女卑、戦う強い女性の象徴と誤解されるが、フェミニズムとは決して単純に男女のプロタゴニストの立場を逆転させたものや、「去勢されたMasculinity」的男性描写ではない。本作品から感じる「女性」また「フェミニズム」とは女性が女性であるまま、女性が女性として生きる様である。本映画のプロタゴニスト、レオニー・ギルモアは、過酷な時代背景、異国での社会環境の中、男性や社会概念の要求する「女性像」ではなく、まっすぐに女性としての運命を生きぬいた女性として描かれている。

女性が女性として生き抜く様とはどういうことか? レオニーは大学で学んだ後、ニューヨークで出会った日本人青年ヨネ・ノグチと詩や文学で愛を語り、恋に落ち、やがて息子イサムを身ごもる。そして戦争など様々な時代背景が運命を左右する中、アメリカに残された幼子と共に言葉も通じない異国の地「日本」への移住を決意する。ここでは愛に生きる女性、そして母親としての女性の姿が見て取れる。

しかし移住後、レオニーを待ち受けていたのは過酷な運命であった。愛のため、そして子のために選択した日本移住も、男性の所有物であるかのような女性であることが求められる社会、さらにこの社会概念で生きる日本の女性からも男性が求める「女性」であることを促される社会に直面する。最後には、別の家庭を持つという夫の裏切りに遭う。しかし、ここで彼女が選んだ道は女性が女性であるままに独立して生きる姿であり母の姿であった。印象に残るっている場面がある。家を出る事を決意し椅子を運び出している様子を見たヨネがそれを止めるよう命令するが、レオニーがその指示を振り払い椅子の運び出させる指示を出すシーンである。このシーンはレオニーが女性として独立を選択した瞬間にも見てとれた。

男性を愛することも女性の姿である。レオニーは愛にもまっすぐに生きた女性でもあった。レオニーは日本にきて第二子アイリスを身ごもる。父親の名前は明かされないが、レオニーは、「真摯で私の必要な時にそばにいてくれた男を愛した」と語る。ヨネからは「Slut」(ふしだらな女)と言う言葉が投げかけられるが、レオニーは女性であり、彼の妻ではなかった。独立した女性が人を愛することも女性が女性であるままの生き方として表現されている。またレオニーの人を愛する観念を象徴する描写に、レオニーが帰国を決意し桜の木々のたもとでヨネと対峙するシーンがある。桜をバックに一度は愛し合い、子供を授かった男女が向き合うワンカットには、決して切れることのない愛情が表現されているようにも見えた。しかし、次の瞬間、レオニーは振り向きその愛情を断つかのようにヨネに背を向け別れ、これが二人にとっての永遠の別れとなる。このシーンの直後は、このカットが私の心に強く残った。しかし、後半に進むことでこの意味を理解する。レオニーの脳裏にもこのシーンの記憶が焼き付いて離れなかったと分かる。その後、長い年月を経て日本へ渡る息子イサムに託すヨネへの言葉の中に、レオニーの愛にまっすぐに向き合う女性像が如実に感じる事ができる。このシーンは私にとって一番印象深いものであった。

映画の中のレオニー・ギルモアは、決して困難や悲運と戦うスーパーヒーロー(ヒロイン)として描かれていはいない。女性を形成する知性を持ち、情熱的に人を愛する女性、母、女性としての運命と一生を全うする姿として描かれている。女性が女性であるままの形のフェミニズムがこの映画には込められていると感じた。

*******あとがき*********

私はこの映画の企画段階であった2005年の6月、当時ニューヨークのジャパンソサエティにおける「折り梅」の上映でいらしていた松井監督とお会いした経緯がある。当時から計算しても5年の月日が流れている。実際に監督はこの映画に7年の月日を費やしているという。この映画鑑賞後、監督がなぜこの映画に絶え間ない情熱を注いで来た意味が分かるような気がし、時折映画の中のレオニーの姿が松井監督の生き方にオーバーラップするようにも感じた。

また映画製作者として、この歴史的スケールの大きな作品を生み出すまでの多大な困難、苦労は容易に察することができる。世界の映画社会で女性監督が商業映画を生み出すという意味、製作、監督、脚本の3足のわらじを履いての映画製作、スタジオ製作ではないインディペンデント映画のファイナンスの問題とそのリスク。また海外合作映画においては、言語の問題、契約問題、異国とのパートナーシップ、国柄による人間関係の違い、クリエイティブな議論、キャストのクルーの統率と途方もない過程と苦労がある。この作品の2時間12分裏にはこういった経緯があること理解している。しかし、監督は7年の月日を経てこの映画を完成し、世に送り出した。日本よりこの映画が発信されたことは大きな賞賛に値し、偉業ともいえる。

Ichigo Ichie Films LLC